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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)521号 判決 1971年4月19日

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴にもとずき原判決を次の通り変更する。

控訴人、引受参加人は被控訴人に対し別紙第二目録記載建物を明渡し、控訴人は昭和三〇年三月六日より同三六年三月三一日迄一ヶ月一〇五、〇〇〇円の割合同三六年四月一日より同三六年九月一九日迄、一ヶ月一二〇、〇〇〇円の割合による金員、控訴人、引受参加人は各自同三六年九月二〇日以降明渡済に至る迄毎月一二〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

附帯控訴人(被控訴人)その余の附帯控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人、引受参加人の負担とし、附帯控訴費用は三分しその一を被控訴人その余を控訴人引受参加人の負担とする。

この判決は、被控訴人勝訴部分に限り一〇、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴人竝びに引受参加人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人引受参加人の負担とする。」との、附帯控訴として「原判決を次の通り変更する。被控訴人に対し控訴人及び引受参加人は別紙第二目録記載の建物を明渡し、且控訴人は昭和三〇年三月六日より同三六年九月一九日迄毎月一二万円の割合による金員、控訴人及び引受参加人は連帯して同三六年九月二〇日以降明渡済に至る迄毎月一二万円の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人、引受参加人の負担とする。予備的請求として、被控訴人に対し、引受参加人は別紙目録記載建物の二階部分を収去し、控訴人は右二階部分から退去して、控訴人及び引受参加人は右建物の一階部分を明渡せ。被控訴人に対し、控訴人は昭和三六年三月六日より同三六年九月一九日迄毎月一二万円の割合による金員、控訴人及び引受参加人は連帯して、同三六年九月二〇日以降右明渡済に至る迄毎月一二万円の割合による金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人、引受参加人の負担とする。」との判決竝びに仮執行宣言を求めた。

(被控訴人((附帯控訴人))の主張)

一、別紙第一目録記載建物は小林防火塗料株式会社所有であつたが、被控訴会社(昭和三四年三月一一日第一審原告会社は合併により被控訴会社となる)は右訴外会社に対する貸付金の代物弁済として、同三〇年三月五日その所有権を取得し、同日同二九年三月二五日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記に基いて所有権移転登記を了した。

二、しかるに控訴人は被控訴人に対抗し得る権原なくして、同二九年九月二八日以降右建物を占有しているところ、本訴提起後の同三六年九月二〇日以降引受参加人をして階下で食肉販売店、階上でグリルを経営させ、三階を従業員宿舎として使用させて以て右建物を控訴人引受参加人と共同して占有している。

三、別紙第一目録記載建物は同四〇年二月二三日火災により二階三階部分が焼失し、その後控訴人等において二階部分を修復したため、その現況は別紙第二目録記載のものとなり二階部分は附合により被控訴人の所有に帰属するに至つた。

四、仍て所有権に基き控訴人、引受参加人に対し右建物の明渡し竝びに右明渡済に至る迄控訴人に対し所有権移転登記の日である昭和三一年三月六日から引受参加人占有開始の前日である同三六年九月一九日迄月額一二万円の割合による賃料相当損害金の支払、控訴人及び引受参加人に対し共同占有開始の日である同三六年九月二〇日以降明渡済に至る迄右同額の割合による損害金の連帯支払を求める。尚被控訴人が附帯控訴を以て請求する部分は右の損害金月額一二万円のうち、一〇五、〇〇〇円を超える部分である。

五、仮りに焼失後建てられた二階部分が引受参加人の所有に属するものとすれば、その所有権は敷地所有者から本件建物敷地を貸借し階下建物を所有する被控訴人の承諾のない権原に基かないものである。従つて被控訴人は敷地賃借権に基く妨害排除請求権の行使として、引受参加人に対し二階部分の収去を、控訴人に対し、二階部分を引受参加人と共同占有するものとして二階部分からの退去を、更に控訴人、引受参加人に対し階下部分の明渡を求め、附帯請求については、第一次請求同様の損害金の支払を求める。

六、仮りに、控訴人主張のような賃借権承認の事実があつたとしても、被控訴人は同三五年五月一日控訴人に対し、若し賃借権の承認があつたとすれば、少なくとも同三〇年四月一日より同三五年四月末日迄の月額八万円の割合による賃料合計四八八万円を催告後五日以内に支払うこと、右期間に履行がないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は同月二二日控訴人に到達した。しかるに控訴人はその支払をしないので賃貸借契約は同年五月二七日を以て解除された。

七、控訴人、引受参加人は被控訴人の所有権取得の無効を主張するが、控訴人は原審第五回口頭弁論において、被控訴人所有権取得の事実を認めているから、それは自白の撤回にあたるところ、右は故意又は重大な過失により時機に遅れ提出された防禦方法であり却下さるべきである。

然らずとしても被控訴人の所有権取得を無効とする主張事実は否認する。

(一)代物弁済予約乃至予約が完結されたとき、本件建物の敷地所有権は既に訴外豊田厳に移転しており、被控訴人が本件建物を取得後同訴外人に相当の保証金を納め敷地の賃貸借契約をなしたものであるから、建物の価値としては僅少である。

(二)控訴人は訴外小林防火塗料株式会社が被控訴人より本件建物は和議財産となつているから、被控訴人において代物弁済により本件建物の所有権を取得する意思がない旨の申出を受け軽卒にも代物弁済予約をした、と主張しているが、被控訴人は訴外会社に貸付をなす以前に登記簿を閲覧した際には、和議に関する登記はなく、代物弁済により取得した後はじめて之を知らされたものである。

八、控訴人、引受参加人主張の本件建物占有の経過についての自白の取消には異議がある。

(控訴人、引受参加人の主張)

一、被控訴人(第一審原告が合併により被控訴人となつたことは認める)と訴外小林防火塗料株式会社間の本件建物に対する代物弁済予約は無効であり、従つて右代物弁済予約に基く予約完結権の行使は無効であり、被控訴人は所有権を取得するものではない。

即ち、本件建物の前所有者である右訴外会社は被控訴人より昭和二九年三月二五日、三三〇万円を弁済期同年六月二四日利息日歩一五銭期限後の損害金日歩三〇銭の約定で借受けるにあたり、その支払を確保するために本件建物に抵当権を設定すると共に、弁済期に支払を怠つたときは、予約完結の意思表示により建物所有権を取得することができる旨の代物弁済予約をなし、三月二六日、訴外会社は借用金より日歩一五銭の割合による利息二ヶ月分二九七、〇〇〇円を控除した残額三、〇〇三、〇〇〇円を受領し、之と引換えに抵当権設定登記竝びに代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を了した。しかしながら右代物弁済予約は公序良俗に反し無効である。

(一)本件建物は京阪神急行電鉄三宮駅西口前に所在し、当時の価格は、二〇〇万円を超え、仮りに鑑定価格に従つても、六六〇万円を下らない。そして訴外会社は被控訴人に対し三、一三六、七五〇円(天引にかかる利息中利怠制限法に定める最高利率である年一割五分の割合により計算した二ヶ月分の利息八二、五〇〇円を超過する二〇四、五〇〇円は、元本に充当さるべきであるから、予約当時の元本は三、〇九五、五〇〇円であり、之に対する履行期迄の利息四一、二五〇円を加えると、三、一三六、七五〇円となる。)を支払わねば被控訴人は本件建物の所有権を取得するものであるから、被控訴人は貸付後僅か三ヶ月で貸付金の約六倍、鑑定価格に従つたとしても約二倍に相当する財産的給付を約束させたことになり、このような過当な利益を得ることを本件代物弁済予約は目的としている。

(二)而も右代物弁済予約をなした動機は訴外会社の軽卒窮迫に乗じてなされたものである。

即ち、当時本件建物には神戸地方裁判所の和議開始決定竝びに和議認可決定の登録があつたため、被控訴人は代物弁済の予約はするが、所有権は取得できないから、代物弁済で取得する意思はないとの申出があり、訴外会社は右申出を信じ、和議財産なるか否かを調査することなく軽卒に代物弁済予約をした)

更に、訴外会社は、さきに幸福相互銀行、訴外藤岡重次より融資を受け、本件建物に第一、第二順位の抵当権を設定していたところ、訴外藤岡から借受金については、既に弁済期を経過し同訴外人から督促を受けており、且訴外会社の国税滞納処分により差押をうけ競売寸前であつて、之等債務を早急に弁済する必要に迫られ、訴外会社に弁済に苦慮していたところ、被控訴人よりの右の融資申出に際しその事情を明にして借受けたものであり、被控訴人は訴外会社のかかる窮迫に乗じ本件代物弁済の予約をなした。

従つて、本件代物弁済は訴外会社の軽卒窮迫に乗じ過当な利益を得る目的でなされたものであるから公序良俗に反し無効と云うべきである。

二、仮りに右主張が理由がないものとしても、

貸金債権担保のため不動産に抵当権が設定され、併せて該不動産につき代物弁済予約がなされ、その契約時の不動産の価格と弁済期迄の元利金額とが合理的均衡を失する場合にあつては、代物弁済予約は期限に債務の弁済のないときは、目的不動産を換価処分して、その売得金から債権の優先弁済を受け、残額は之を債務者に返還する趣旨の担保契約であり、代物弁済予約完結による所有権取得は処分清算の目的のためになされるに止るものと解すべきであり、本件の場合も前記契約の内容から考え右の如き担保契約にほかならない。従つて訴外会社は被控訴人が本件建物の処分に着手する迄は元利金を弁済して之を受戻すことができる。

ところで控訴人は訴外会社に敷金三〇〇万円を差入れ本件建物を賃借しており、控訴人は、訴外会社に代位して被控訴人に元利金を弁済する正当な利益を有するが、訴外会社が被控訴人に対し負担する債務は、(イ)元本が三、〇九五、五〇〇円であること前記の通りであり、(ロ)利息竝びに損害金は利息制限法第一条所定の利率に減縮されるから、同二九年五月二四日から同四五年二月二三日迄の利息、損害金は七、三一三、一一八円となり、同四五年二月二三日現在の残存元利金は一〇、四〇八、六一八円である。そこで控訴人は同四五年二月一八日、被控訴人本社に一一、〇一三、七五〇円を現実に持参提供したが、被控訴人は受領を拒否し、自ら受領遅滞となつたから、被控訴人は控訴人に対しその権利を行使することはできない。

三、仮りに右主張が理由がないとしても、

前記の通り被控訴人は訴外会社と昭和二九年三月二五日代物弁済の予約をなし、その所有権移転請求権保全仮登記を了しているが、被控訴人は同三〇年三月五日、同二九年三月二五日付代物弁済を原因として所有権取得の本登記をなしている。そうすると、代弁弁済予約をなすと共に即日予約を完結したことになり、代物弁済予約による所有権移転請求権は即日消滅したわけであつて、之を保全するために仮登記をなすに由ないものと云うべきである。従つて三月二五日なした所有権移転請求権保全仮登記は無効と解するのが相当であり、後記の通り被控訴人が本件建物について所有権取得の本登記をなす以前である同二九年九月既に控訴人は訴外会社から本件建物を賃借し、その引渡を受けているから本訴請求は失当である。

四、仮りに右主張が理由がないとしても、

右本登記による物権変効の対抗力は、登記を経由した時から将来に向つてのみ生ずるものであり、仮登記の時に遡及せしめる効果はない。そして仮登記に基く本登記のある場合、その中間の処分は本登記と矛盾する範囲においてのみその効果が問題とされるところ、右仮登記以後本登記以前に、後記の如く控訴人の得た本件建物の賃借権は、本登記と相容れないものではなく、その引渡を受けている場合、賃借人は借家法第一条により以後新所有者たる被控訴人に対し賃借権を対抗し得るものである。

五、仮りに右主張が理由がないとしても、

控訴人は昭和二九年九月二八日訴外会社より本件家屋を敷金八万円を交付し賃料を月額八万円と定め賃借し、被控訴人は本件建物の所有権を取得後控訴人の賃借権を承認した。但し賃料額については、被控訴人は月額八万円を認めず協定に至らなかつたに過ぎない。

六、仮りに右主張が理由がないとしても、

(一)本件建物は同四〇年二月二三日階下部分を残し焼失したため被控訴人所有の建物は本件建物の階下部分のみとなつた。従前本訴提起後本件建物を控訴人と共同して使用していた引受参加人は二階部分を新築した。ところで右二階部分に通ずる階段は公道より直接出入できる構造になつており、階上専用の便所、炊事場が設備されていて、新築にかかる階上部分はその構造、用法上独立して所有権の対象となり得るものであり二階部分の明渡請求は失当である。

(二)仮りに二階部分が附合により被控訴人の所有に帰したとしても、引受参加人は訴外山根春雄に代金四、五七四、八〇〇円で新築工事を請負わせ之を完成させ、別に内装費、電気ガス水道排水設備等の諸工費に四、七五四、七六七円を支出したから、右の合計九、三二九、五六七円の支払がある迄本件建物全部を留置し之が引渡を拒絶する。

七、仮りに以上の主張が理由がないとしても、

控訴人は訴外会社から本件建物を賃借した際、賃借人の指定する者の営業に使用することに同意する旨の約定があり、右約定に基いて自ら使用することなく、中淵久米治に転貸し、同人は本件建物で同三三年七月三日迄パチンコ店食肉販売飲食店を経営し、以後引受参加人がその設備造作等を買受けその営業を譲受けて本件建物を使用して来た、控訴人は中淵の営業開始にあたり本件建物の一、二階の各一部約一坪を商業上の連絡場所として使用することの承諾を得て占有を続けたに過ぎない。

控訴人は原審以来本件建物を使用占有して来た旨陳述しているが、右は他に抗弁があるので占有の経過を述べる必要がないものと考え、控訴人の占有使用を認めて来たに過ぎず、それは錯誤による陳述であるから之を取消す。

従つて控訴人の占有部分は前記の一坪であり、又引受参加人に対し占有を承継させたことはないから、引受参加人に対する請求は新訴の追加を以てなさるべきもので、被控訴人の引受参加人に対する請求は棄却さるべきである。

八、被控訴人は予備的に賃貸借契約の解除を主張するが、被控訴人主張の催告は第一次的に、昭和三〇年三月六日以降同三五年四月末日迄の損害金の支払を求め、予備的に賃料の支払を求めるものであつて、一次的に賃料として受領する意思のない催告は契約解除の前提となる効力がないから、その主張は失当である。

(証拠関係)(省略)

理由

第一、別紙第一目録記載建物は訴外小林防火塗料株式会社の所有であつたところ、第一審原告会社は、右訴外会社に対する貸付金債権の代物弁済として同三一年三月五日、同二九年三月二五日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記に基いて所有権移転本登記を了したこと、右建物は現況別紙第二目録記載の建物となり、その占有部分はしばらく措くとして現在控訴人、引受参加人が之を占有していること、第一審原告は同三四年三月一一日合併により被控訴人となりその権利義務が承継されたことは当事者間に争がない。

第二、一、控訴人は右代物弁済予約に基く予約完結権行使を前提としてなされた所有権取得は、その前提をなす代物弁済予約自体公序良俗に違反するから無効である旨主張し、被控訴人は、控訴人が原審口頭弁論において第一審原告のこの点に関する主張を認めながら、当審において之を否認しており、右は自白の撤回にあたり且右抗弁事実の主張が時機に遅れた防禦方法である旨主張するから判断する。

被控訴人の請求は所有権に基く明渡請求にあるが、その所有権は前提問題である訴外小林塗料株式会社が第一審原告より金融を受けるにあたり、第一目録記載建物につき代物弁済予約をなし、右代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記がなされ、第一審原告は少なくとも右仮登記に基く本登記手続をなすことにより予約完結の意思表示をなしたことについては当事者間に争がなく、この点については自白の撤回がないのであるから、結局原審において控訴人が第一審原告の所有権取得を認めたことは、その法律効果について之を認めたことにほかならず、それは権利自白に該るものと解すべきであり、当審で所有権取得を否認したことは権利自白の撤回であり許されるべきものである。又公序良俗違反の主張について考えると、控訴人は当審における第一回準備書面を以て右の主張をなしていることは記録上明白であるところ、それは第一審の経過を考慮すると時機に遅れたものであることは否定できないが、他方既に第一審において建物価格の鑑定書として甲第二号証が提出されているし、之が立証のため多少の日時を要するとしても、他の適法に申請乃至提出された証拠の取調の間を利用してその立証をすることができるものと認められるから、未だ訴訟の完結を遅延させるものと云うことはできない。

そこで本件代物弁済予約が公序良俗に反するものであるかどうかについて検討する。

成立に争がない甲第三、第六号証、乙第三号証、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果成立の真正を認め得る甲第五号証、当審証人都利一、同小林信次の証言(小林証人の証言については後記認定に牴触する部分を除く)、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果と鑑定人山本凱信の鑑定の結果を綜合すると、

(一)訴外小林防火塗料株式会社と第一審原告間の金銭貸借の内容は、貸付日昭和二九年三月五日、金額三三〇万円、弁済期同年六月二四日、利息日歩一五銭、二ヶ月分の利息天引、延滞金日歩三〇銭、第一目録記載物件に抵当権を設定し、弁済遅滞の場合第一審原告の任意選択により抵当権実行にかえ本件抵当物件の価格を本債権額と同額と看做し、即時代物弁済として充当することができるとするものであること、

(二)右契約に従つて日歩一五銭の割合による利息二ヶ月分が天引されたほか利息の支払もなく経過したこと、

(三)第一目録記載物件の昭和二九年三月当時の価格は、六、六三七、〇〇〇円程度であつたこと、

(四)本件消費貸借についての右訴外会社側の事情として、

(1)第一目録記載建物はセントラル製菓株式会社所有であつたが、右訴外会社は同二七年頃経営不振となり同年和議申立をなし、本件契約当時右建物には債権者幸福相互銀行元本五〇万円、同藤岡重次元本一〇〇万円なる抵当権設定登記がなされているほか、国税滞納処分による差押処分を受けていたこと

(2)しかるに債権者の取立が厳しく本件建物が処分される虞があり、財産保全を目的として、小林防火塗料株式会社を設立し、之に本件建物の所有権を移転したこと、

(3)そして第一審原告から本件建物を担保に金融を得て、前記抵当債権の弁済をなし、滞納する税金を支払うことを企図し本件消費貸借となつたこと、

(4)当時セントラル製菓株式会社の事業の継続が可能なときは第一審原告に対し利息、損害金を支払いつつ元金を漸次返済するか、又は時期が来れば本件債務の肩替りをする見通しであつたこと、

(五)第一審原告は知人からの要請により本件の融資をなすことになつたが、当時本件建物には前記の抵当権設定と差押処分があることは知つていたが、その他の訴外会社の内情は知らないまま、知人の紹介であることと、本件建物の時価が附近の不動産業者の評価から五〇〇万円程度と考えられたことから、回収が可能であるとして、金融をなしたものであること、

が認められる。当審における控訴人兼引受参加人代表者本人尋問の結果中右認定に抵触し、本件不動産については和議開始の決定があつた旨の登記が存する関係から、被控訴人は代物弁済予約完結の意思表示はしない旨約したとする部分については、成立に争のない乙第三号証によれば、本件建物につき訴外セントラル製菓株式会社所有当時の昭和二七年五月一〇日付で和議開始決定があつた旨、同年一一月四日付で和議認可決定が確定した旨の登記が存することは明かであり、若し右訴外会社の訴外小林防火塗料株式会社に対する本件建物の譲渡が前記のようにセントラル製菓株式会社の財産保全を目的とし管財人の同意がないときは、その譲渡行為は和議債権者の否認権行使の対象となり、第一審原告において、このような事情を知りながら本件建物を取得する場合には、悪意の受益者として不当利得返還義務を負うことにもなりかねないが、前記甲第五号証と被控訴会社代表者本人尋問の結果と対比すると、第一審原告がこのような危険を敢てするような事情にあつたとは認め難く、右供述部分は措信できない。

そして天引にかかる日歩一五銭の利息制限法に定める最高利率である年一割五分の割合で計算した二ヶ月分の利息八二、五〇〇円を超過する二〇四、五〇〇円は元本に充当さるべきであるから、予約当時の元本は三、〇九五、五〇〇円であるところ、前認定の本件契約時の本件建物の時価と右元本を対比し、代物弁済をなした当時の前記事情を比較対照すると、右代物弁済の予約は貸主が借主の窮迫無智に乗じ締結した暴利性を有するものとは認められないから控訴人のこの点についての主張は理由がない。

二、本件代物弁済が公序良俗に反し無効でない以上、被控訴人は所有権移転請求権保全の仮登記に基き移転登記をなすことにより予約完結の意思表示をなし本件建物の所有権を取得したものと認められる。

控訴人引受参加人は、被控訴人の所有権移転登記は昭和二九年三月二五日付代物弁済を原因としてなされているが、それによると代物弁済予約がなされた即日予約完結権を行使したことになり、代物弁済による所有権移転請求権は即日消滅し存在しないから、之を保全するため同月二六日付で仮登記をなす由もなく、結局所有権移転請求権保全の仮登記は効力がなく、効力のない仮登記に基く本登記手続をすることはできないと主張し、成立に争のない乙第三号証によれば右本登記は昭和二九年三月二五日付代物弁済を原因としてなされていることは明かであるけれども、当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果によれば、代物弁済の予約に伴い、予め被控訴人は訴外小林防火塗料株式会社より本登記手続に必要な印鑑証明書等関係書類を預り、之により本登記手続に及んだものであるから、本登記手続により予約完結の意思表示がなされたものと認めるのが相当であり、偶々登記原因が右の如く記載されているからと云つて、同二九年三月二六日になされた仮登記が無効となるいわれはない。その主張は到底採用できない。

三、ところで仮登記が順位保全の効力を有する結果として、仮登記に基く本登記がなされることによつて、仮登記後本登記前になされた本登記と抵触する中間処分は、第三者に対抗することができる法律上の処分である限り、それが登記によるものであると、借家法第一条や建物保護法第一条のような登記以外の対抗要件をそなえたものであるとを問わず、その効力を失うことになるものと解せられる。

そして原審証人南恒治の証言、原審における控訴本人尋問、当審における控訴本人兼引受参加人代表者本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和二九年九月訴外小林防火塗料株式会社から本件建物を敷金二〇〇万円賃料一ヶ月八〇、〇〇〇円で賃借し、その引渡を受けたことが認められるところ、本件仮登記がなされたのは同二九年三月二六日であるから、前説示の順位保全の効力により、右賃貸借は本登記の権利と併存し得ないものとして被控訴人に対し効力を失うものと云わねばならない。

控訴人、引受参加人の右賃借権を以て本件建物の新所有者たる被控訴人に対抗することができるとする主張は独自の見解に出るもので採用の限りでない。

四、控訴人引受参加人は、控訴人は小林防火塗料株式会社の賃借人として同訴外会社に代位して、被控訴人に対し右訴外会社の被控訴人に対する元利金債務を弁済する利益があることを前提として、控訴人において右元利金弁済の提供をしたが、被訴控人はその受領を拒否したから、被控訴人の控訴人に対する権利行使は許されないと主張する。成程、さきに認定した代物弁済予約の内容からするときは、被控訴人の右訴外会社に対する貸付金債権担保のための本件代物弁済予約は、契約における不動産の価格と弁済期迄の元利金額が合理的均衡を失する場合に該るから、右代物弁済予約は右訴外会社が弁済期に債務を弁済しないときは、被控訴人において目的不動産を換価処分して、之により得た金員から債権の優先弁済を受け残額は之を債務者に返還する趣旨であつたものと認められ、従つて被控訴人が予約完結の意思表示をなし所有権移転登記を経由しても、右訴外会社は右の清算がなされない限り、その時迄の元利金を提供して目的不動産の復帰を求め得るものと解せられる。

ところで所有権移転請求権保全の仮登記後、本登記迄の間になされた前記賃借権が被控訴人に対し効力を有しないこと前説示の通りであるが、旧所有者である前記会社に対する関係では、自己所有物を賃貸する者がその物を第三者に譲渡した場合(賃借権が対抗要件をそなえないとき)と同様に、賃貸借関係は当然には終了するものでなく、かかる場合元来旧所有者は賃借人に対し物件を使用収益させる義務を負うものであるから、賃借人は旧所有者に対し民法第五六一条を類推適用して賃貸借契約の解除又は損害賠償の請求をなし得るし、賃借人の使用収益でないことが、旧所有者の責に帰すべき事由によつて生じた場合には債務不履行による損害賠償請求権を取得するものと解すべきである。従つて賃借人は旧所有者に対するかかる債権に基いて、その債権の保全に必要な範囲において、旧所有者の権利を代位行使することができる。本件の如き場合にあつては、控訴人は前説示の損害賠償債権があるときは、之に基いて旧所有者である訴外小林防火塗料株式会社の被控訴人に対し有する清算金返還請求権を代位行使することができるに止るものと解すべきであり、控訴人主張のように元利金全額を弁済して所有権の復帰を求めることは債権保全に必要な範囲を超えたものであるから許されないと云うべきである。してみれば、控訴人引受参加人の主張はその余の点を判断する迄もなく主張自体失当である。

五、控訴人、引受参加人は、被控訴人は本件建物所有権取得後控訴人の賃借権を承認したと主張するが、右主張に副う原審証人南恒治、当審証人居山光吉の証言、原審における控訴人本人、当審における控訴人本人兼引受参加人代表者本人尋問の結果は、原当審における被控訴人代表者本人尋問の結果と対比するときは、たやすく信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないからその主張は採用できない。

仍て控訴人引受参加人の占有が権原に基くものとする主張は全て採用できない。

第三、昭和四〇年二月二三日本件建物は階下部分を残し火災のため焼失し、その後二階部分が修復され別紙第二目録記載の現況にあることは当事者間に争がなく、成立に争いのない甲第七号証の二、当審における控訴人本人兼引受参加人代表者本人尋問の結果成立の真正を認める得乙第一三号証と右本人尋問の結果と、当審における検証の結果を綜合すると、右二階部分の復旧は引受参加人が之を請負わしめ完成させたものであつて、二階部分はホール、調理室、便所から成り、焼残つた柱約一〇本、梁三本を利用し修復されたものであること、二階部分は階段で階下部分に通じ、階下部分には食肉販売の売場作業室が存し、階段の昇降は階下部分の出入口を介してなすようになつていて、階下出入口にはシヤツターが取付けられていること、調理室の附属設備である調理台、冷蔵庫のガス管は階下から通じ、ガス湯沸器は階下で操作可能となつていること、などが認められ、構造上二階部分は焼失前と同様一階の食肉販売とならんでその食堂部をなし、二階部分のみでは建物としての独立性を欠き、一階部分の建物と一体となつて利用され、取引されるべきものと認められるから、二階修復部分は焼残つた一階部分との附合により被控訴人の所有に帰したものと認められ、代物弁済の効果は右二階修復部分に及ぶものと云うべきである。

控訴人引受参加人の修復後の二階部分を独立の建物とする主張は採用し難く、又、二階部分の修復に要した諸工事費の支払のある迄本件建物全部を留置するとの主張は、その占有が権原に基くものでない本件にあつては採用の限りではない。

第四、控訴人が訴外小林防火塗料株式会社から本件建物を賃借したことはさきに認定した通りであり、引受参加人が別紙第二目録記載建物を占有していることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第七乃至第一〇号証と当審における控訴人兼引受参加人代表者本人尋問の結果によれば、引受参加人は少くとも昭和三三年七月一八日以降食肉販売業飲食店営業をなしていることが認められ、引受参加人代表者本人は控訴人であることと、控訴人が被控訴人に対し昭和四五年二月一八日訴外小林防火塗料株式会社の被控訴人に対する借受金債務元利金を持参提供していること(前記控訴人兼引受参加人代表者本人尋問の結果認められる)を併せ考えると、控訴人は右の賃借権を譲渡し賃貸借関係から離脱したものでないことが窺われるから、尚間接占有者として本件建物全部を占有し、引受参加人をして本件建物を使用占有せしめているものと認めるのが相当である。右認定に牴触し控訴人は本件建物の一部を連絡場所として占有するに過ぎないとする前記控訴人本人兼引受参加人代表者本人尋問の結果は措信しない。従つて当審における控訴人占有部分についての自白の撤回は許されない。

してみれば、控訴人、引受参加人は本件建物全部の共同不法占有者として之を明渡す義務があり、控訴人の本件建物の賃借権は被控訴人が本件建物の本登記を了した日の翌日である昭和三〇年三月六日以降は被控訴人に対し効力がないことは前説示の通りであるから、引受参加人が占有を始めた日の前日迄は控訴人単独で、引受参加人が本件建物で営業を開始した日よりは両名共同して、不法占有による損害賠償義務を負うものと云うべきである。

そして原審における鑑定人吉田福治、当審における鑑定人勝清一の鑑定の結果によれば本件建物の賃料は昭和三〇年三月当時一〇五、〇〇〇円、同三六年四月一日当時一四九、五〇〇円であることが認められるから、被控訴人の損害金請求は、控訴人に対し同三〇年三月六日以降同三六年三月三一日迄毎月一〇五、〇〇〇円同三六年四月一日以降同三六年九月一九日迄一二〇、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金、控訴人引受参加人に対し同三六年九月二〇日以降明渡済に至る迄右賃料相当金の範囲内である一二〇、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める範囲で正当として認容すべきである。

第五、仍て控訴人引受参加人の本件控訴は理由がないから棄却を免れず、被控訴人の附帯控訴による請求は右認定の範囲で正当として認容すべきもその余は失当であるから之を棄却すべく、尚原判決添付別紙目録建物は前記の通り焼失により別紙第二目録記載の建物となつたから原判決を主文第二項の通り変更することとし、控訴費用、附帯控訴費用負担については民事訴訟法第九五条、第八九条第九二条仮執行宣言については同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

別紙

第一目録

神戸市生田区北長狭通一丁目一四番地上

家屋番号第七六番

一、木造鉄板葺三階建店舗一棟

建坪三二坪二合一勺、二階坪三〇坪九合八勺、三階坪二坪二合三勺、

第二目録

神戸市生田区北長狭通一丁目一四番地

家屋番号第七六番

一、木造鉄板葺二階建店舗一棟

床面積一〇六、四七平方米、二階約一〇〇平方米

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